自分史⑨続~遊ぶの忘れて頑張った編

くわかぶ日記です

恒例になりました、自分を振り返って自分を知る「自分史」シリーズ⑨回目。

高校で自分で決めた道を進むため努力をし始めた私。

大学受験の会場に絵を持ち込んで面接を受けました。

新聞やテレビで見たことのある有名な専門家の先生たちがずらりと座ってました。

何人いたのかな、10人くらいいたような気がします。

今まで経験したことのない緊張感でした。

無我夢中で説明し、受け答えをしました。

できることはやった。

自分の人生で初めてこんなに努力して、遊ぶのを忘れるくらい頑張った。

先生たちからも「学校の成績もいいし、絵も合格レベルに達していると励まされ少なからず自信を持っていました」

合格発表の日。

職員室から出てきた先生から伝えられた結果は・・・

「不合格」

正直打ちのめされました。

なんだか心も体もガタガタと音を立てて力が抜けていくような感じ。

その日から3日間ほど部屋にこもって泣きました。

自分の何がダメだったのか・・・。

自問自答が続きました。

先生も親も「頑張った」と言ってくれました。

始めての挑戦は苦い経験となりました。

不合格を告げられて3日後に自分がたどり着いた心境は意外とあっさりしたものでした。

「やることはやった、それに一緒に競ったライバルたちのレベルは確かに高かった。」

「ほかの関東の有名美大を受験する仲間たちと絵を学びながら絵を描いて生きていくことへの覚悟が自分にはないな」と

正直な感想はそんなところでした。

高校で勉強するようになって継続することの大切さを思い知りました。

「一生のうちに一番勉強できるのは今なんじゃないか」

「だとしたら美術の予備校の時と同じで、本当に勉強したい人が集まるところに行ってみたい」

「予備校に行こう!」

そのころ人気の予備校といえば代々木ゼミナールでした。

母に初めて言いました。

「勉強がしたい!だから予備校に行かせてください!」

土下座して母にお願いすると、母は「頑張れ!」と背中を押してくれました。

安くない受講料。私立大学に1年通うくらいのお金がかかったはずです。

今思えば、それまでうだつが上がらない私を見ていた母にとってうれしかったのだろうと思います。

息子がようやく頑張る気になっている。

応援してあげたい!というのが母の心境だったのだろうと思います。

3月に高校を卒業した私は代々木ゼミナールに通い始めることになります。

ながくなりましたのでここから先はまた次回。

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