大学で学ぶことの意味👨‍🎓👩‍🎓

くわかぶ日記です。

私、子供のころとーっても学校の勉強嫌いだったんですね🤫

でも、高校生のときあることをきっかけ(簡単に言えば失恋です💦)に勉強し始めて、なんとか浪人してローカルの大学を卒業しました。好きな子に振られて見返したいってのが最初の始まりでしたね。今でもその女性とは友人として高めあえる朋友です。大きなメーカーで働きながら企業もしちゃうパワフルな人ですね。

そんな私が子供をもって、大学で学問することについて改めて考えてみました🧐😠🙄

大学には、いろんな学問の分野で社会に認められた人たちがいて、入学した人たちに好きなだけ学んでいいよ!って言ってくれてるんですよね。

私の卒業した大学にもローカルながら、専任の先生だけで200人以上、非常勤入れたら500人以上いました。

東大、京大、早稲田、慶応など、名だたる有名大学で学んで、さらに大学院で学んで、社会で鍛えられながら、研究成果で認められた人たちです。

世の中とたくさんのコネクションをもって学生👩‍🎓👨‍🎓をフィールドワークに連れてってくれる。そんなチャンスを私はどれだけ潰したのだろう。

すごい人たちがいたんだよなぁ。って今更ながら気付いたおじさん41歳。

4年間1日24時間×365日×4年間=35,040時間

大学の4年間はでかい。

自分次第で大きな可能性をつかむチャンスだった。

好きなだけ学ぶことに使える時間や環境があるということは、例えば、好きなだけここにある宝物💍💎🔮をもってっていいよ!っていってくれてるのと同じですよね。

でも殆どの人たちは宝物だと気付くことができずに、ただの石ころだと思って拾い集めようとしなかったってこと。

私含めそんな大卒の大人たちが社会に出てから「大学でもっと勉強しとけばよかった〜😮‍💨」っていってるのはよく目にしますね。

でもその宝💍💎に気づいて拾い集めていた友人は、今会社を経営していて、経済的な自由を手に入れてたりします。

仕事なのか遊びなのかわからないくらいの感覚で充実している友人がいます。もちろん社会にでてからの周囲の環境も要因ではあると思います。例えば、メンターとなる人との出会いなどなど。

自分も含め多くの日本の学生たちは大学に入って満足してしまい、その宝物💰💎を見つけられないままに社会に出てから気づく。

日本🇯🇵の教育の仕方に問題があるのかなと思ったりすることもあります。

もっと学んでおけばよかった、学問をしておけばよかったと私は思います。

あの4年間はでかかった⌚️⏳⏰

私は大学にはあまりいかず、部活に精を出しておわってしまったことを後悔しています。

正直学生としてはダメな学生👨‍🎓👩‍🎓だったな。

でも、同級生がアルバイトで稼いだお金でコンパなどの遊びに時間を使っている間に部活🏈だけは本気でやった🏋🏻🏆🎖🥇

女の子とわいわいしながら毎日今日をどう遊び倒すかで盛り上がって楽しそうな友達🎤🍻

当時の自分から見て「ザ、キャンパスライフ🤩」の華々しい世界を横目に見て羨ましいなぁって思ってた。

でも、何かこの4年間でやり遂げたことを残さなきゃってのが自分の中にあったような気がする。

体育会系の上下関係に悩んだり、きつい練習で吐きまくって辞めてしまいたいと思いながらも4年間終えることができた。

大けがして手術もして、リハビリで苦しかったこともあった。

決して有能な選手ではなかったけど、そのときできる本気でやった。

学生連盟(試合運営をするため各大学から選出された学生)の仕事もめんどくさいけどやった。

それは就職活動の時に面接側に座っていた大人たちにとって少しは輝いて見えたようです。

きっと学問ではないかもしれないけどほかの宝物を見つけることができたのが良かったのでしょう。

だから今の自分があります。

でも、やっぱりもっと頑張れた。

もっと大学で学問をしたかった。

そういう後悔は仕事をすればするほどに生まれてきます。

だから今は朝早くに起きて毎日少しずつ、一歩一歩ではあるけれど学び続けています。

えらそうなこと言える立場じゃないけど、自分の娘、自分がかかわる若者たちには大学で学ぶということの大切さを伝えてあげたいなと思います。押し付けるのではなく、選択肢の一つとして大学という場所がどんな場所なのか伝えることはできると思います。

そんなこと考えながら朝からぼーっとする日があってもいいかな😁

お粗末

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